みんなで考えるハッシュタグ #いただきます〇〇 募集|動物解放団体リブ

「いただきます」

どれだけ動物が痛み苦しみ殺されていても、一瞬ですべて許される魔法の言葉。
この魔法を解く必要があります。

ハッシュタグを作ってみんなで使い、「いただきます」の魔法を解いていきたいです。

そこで、ハッシュタグのアイデアを募集します。
SNSのコメント欄に書いていただければと思います。
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Twitter
Instagram

(例)
#いただきますを動物は受けっとっていない
#いただきますは洗脳
#いただきますでは許されない

どしどしアイデアをお寄せください。


「いただきます」の分析

ご参考にしていただければ幸いです。

「いただきます」と同様に使われる言葉に、『感謝して』『ごちそうさま』があります。
以下の文の「いただきます」に置き換えても当てはまります。

【SNS等で飽きるほど聞くことば】

活動されている方々は、「植物は〜」「伝統文化」「押し付けるな」等々、500万回くらいお聞きになっているかもしれません。
「いただきます」もそのような言葉の一つです。
上記のエクスキューズはどれも簡単に打ち砕けるものですが、いちいち文章を書くのも面倒です。
「いただきます」を使って動物の搾取を正当化しようとする人に、正当化できていないことに無意識レベルで気づいていただく、あるいは、「いただきます」理由で搾取を続けることは恥ずかしいことであると、認識をアップデートする必要があります。
ハッシュタグを付けることによって、それらの手間を省力化することを狙います。

【「いただきます」の対象は誰か】

多くの人は無意識に動物に言っていると思っていると思われます。
しかしながら、ちょっとでも考えれば、動物はそれを受け取っていないとわかります。
言葉がわかりませんし、遠く離れた食卓で、しかも死んだ後に言われたところで何の足しにもなりません。

いただきますと言いながら、相手の了承を得ずに、生命も身体も分泌物を奪っています。
そこに相手の尊厳への尊重などは存在せず、勝手に自分の内面の処理を行なっています。

以前、「いただきます」を理由にした人に「そのいただきますは誰に言っていますか?」と聞いたら、考えたこともなかったのでしょう、しばし考えて、『天に』、と世にも間抜けな答えをいただきました。

【「いただきます」は誰が作ったのか】

「いただきます」が食事後の挨拶として使われるようになったのは、つい最近、昭和時代からという説もあります。
さらには動物への命への感謝として使われ始めたのはつい最近のようです。
「いただきます」をこの用法で使い始めた人の罪は重い。
膨大な動物が食欲の犠牲になり続けることへの、心理的・倫理的な回避方法を提供してきました。

【「いただきます」の魔法力】

「いただきます」を言う人々は、その対象が誰か、わかっていません。
「いただきます」を言ったことによって、何が変化するのかもわかっていません。
現実は、対象などいませんし、何も変化していません。
しかしながらなぜか、暴力を振るい、虐待の限りを尽くし、殺害した相手からも、天のシステムからも許されます。
そしてさらにその人は「いただきます」を言った瞬間、「自分はいい人」という金色の衣を纏い、優しい微笑みを浮かべます。
「いただきます」を言ったことにより、倫理的であり、やさしく、鷹揚で、すべてに対して慈悲深い存在である、と無意識に主張します。

つまり「いただきます」は”幻想”です。
”現実”は全く何も変わっておらず、動物は苦しみ、環境にダメージを与えます。そして本人はそれでも肉食欲を満たしたい。

「いただきます」は、極めて強力な魔法の言葉であることがわかります。
”幻想” を見せ、”現実”を見せなくすることができます。
しかしそれは解くことができます。
裸の王様に「裸だ」と伝えることで、”幻想”の殻から引きずり出し、”現実”に気がついていただくことができます。。

【俺がお前だったら耐えられるのか】

自分がもし、圧倒的な強者に、母をレイプされ、生まれ、母と引き離され、母の乳を奪われ、薬漬けにされ、殺され、遺体を食べられ、皮や髪の毛を衣服に使われ、「いただきます」「感謝」と言われて、あなたは受け取れますでしょうか。
自分が相手だったら、と想像するのが共感のスタートであり、
自分がされて嫌なことをしない、が配慮のスタートであり、
相手の立場をより良くしようと力を尽くし始めるのが、やさしさのスタートです。

【「いただきます」の文化】

「いただきます」の文化的背景には、日本人の宗教観があるでしょう。
中でも重要なのは 1 神道的な文化、もう一つは 2 儒教的な文化です。

1 神道的な文化
八百万の神、すべての自然現象や存在に神を観る、等々、美しい点もあります。
しかし、それを観る視座がエゴからの場合、それは一転、人それぞれにとって、あらゆる自由自在な解釈が可能な便利な(擬似)客観的かつ神の御意志的な根拠として、思い込み、あるいは他人にプレゼンすることができます。
トゲ抜き地蔵は最たるもので、自分の痛みや苦しみを、神様代わりに痛んで苦しんでくださいというものです。
すごい精神構造です。
「いただきます」も同様の精神構造と言えます。
そこに対象への共感や配慮や優しさはカケラもありません。
あるのは自分のみです。

2 儒教的な文化
儒教は上下でできた社会システムをキープさせるためのものです。
一神教圏は、神の元の平等で出来上がっており、
儒教圏は、社会的ポジションの上下関係で出来上がっているといいます。
日本は動物に優しいというセルフイメージを持つ人が多いですが、実際は、根深い上下関係の中に動物をポジショニングしています。
日本語の動物を卑下することわざの多さにもそれが現れていると言えるでしょう。
ゆえに、下位の存在である動物に対して、上位である我々人間が感謝を伝えればそれは許される、といった無意識の常識の力学が作用していると思われます。

なお、日本の動物に関する意識が低く、法整備も遅れており、ヴィーガンも少ないのはこれらが理由の一つだと思われます。
2の変更はなかなか難しく時間もかかると思われますが、1は比較的に簡単に変更できるのではないかと思っています。
2はシステム化していますが、1はリフレーミングだけで事足りるからです。

日本の場合未だ社会の多くの部分が「いただきます」という共同幻想に陥っているので、幻想に生きていても通用します。
しかし、幻想から覚める人が増えるほど、その幻想は通じなくなり、洗脳は効かなくなります。

【「いただきます」による洗脳】

「いただきます」を使っているのは誰か。
大きく2つのクラスタに分けます(クラスタという言葉が流行っているので使いたいだけです)。

1 まったく疑問にも思ったおこともなく使っている人々
2 畜産・酪農をはじめとする動物の遺体や分泌物を販売する産業/その周辺産業など積極的擁護者/動物の遺体や分泌物を食べる権利を強固に失いたくない消費者

ここで、ハッシュタグのメインのターゲットとなるのは1です。
SNS等で「いただきます」を意図的に使うのは、2です。

子どもたちは、1に入っています。
2は、子どもたちに、「いただきます」を言えば、動物を虐待し、殺して、遺体を食べることはすべて正当化されるのだ、という洗脳を行います。
将来に渡って優良な消費者として育てる必要があるからです。
給食の牛乳や、”栄養バランス”はその最たるものと言えます。
昔はアレルギーでもお構いなく飲ませていました。
2は、子どもの健康や将来よりも、利益を優先していることがわかります。
子どもたちの心身の健康も守るために、子どもたちを洗脳から守る、あるいは、脱洗脳するのは喫緊の課題と言えます。

以上、「いただきます」を分析しました。

この切り口があるのではないか等ありましたらお寄せくださればと思います。

ハッシュタグのアイデアお待ちしています。