学校の生物の授業で行われる「解剖」は、多くの人にとって忘れがたい体験です。解剖の目的は、動物の体の仕組みを直接学ぶことにあるとされています。
しかし、その裏側には、私たちが普段目を向けない問題が隠されています。動物はどのようにして解剖のために調達されるのか?倫理的に正しい行為なのか?そもそも、解剖は現代の教育に本当に必要なのでしょうか?
この記事では、学校で行われる解剖の実態と、それに伴う倫理的・教育的な問題点について掘り下げ、私たちがこのテーマに対してどのように向き合うべきかを考えます。動物たちの命の価値を再認識し、未来の教育のあり方を見直すきっかけになれば幸いです。
学校の解剖とは
解剖実習について
解剖実習とは、学習者が解剖を実際に行う教育プログラムのことです。
解剖実習を行う学校は、小学校、中学校、高校、専門学校、大学などです。解剖実習を行う大学の学部・学科は、医学部、歯学部、看護学部、獣医学部、生体制御学科、統合動物学科などです。
生体解剖(vivisection)は生きている動物を解剖すること、死体解剖 (autopsy) は死体を解剖することです。日本の高校などでは生体解剖を行うこともあります。[1]
解剖される動物
ニホンザル、ヒヒ、ブタの胎児、ブタの眼球・内臓、ネコ、ウサギ、ラット、マウス [2]
ニワトリ(鶏頭水煮)、カエル(ウシガエルなど)、魚(アジ、フナなど)、イカなど。
解剖の手順
[手順(生体解剖の場合)][1]
- 密閉された容器に動物と麻酔薬を入れ、意識を喪失させる。
- 動物のお腹を下から上に切り開いていく(生きているので、心臓などの内臓が動いている)
- 内臓を引き出して、大動脈を切り、”心臓マッサージ”を行い、出血させ血を抜き取る
- 内臓を分類し、圧迫、切断するなどして観察する。
- 動物を裏返して、切り開き、脊椎などを観察する。
- 後頭部から骨切はさみで頭蓋骨を切り、脳や眼球を露出させ観察する。
- 組織標本や骨格標本を製作する場合もある。
《参照:実際の解剖実習の様子 事例1、事例2。HSPの方や苦手な方は閲覧に注意が必要です。
日本の動物解剖実習は縮小傾向
小学校、中学校、高校においては、動物の解剖は縮小傾向にあるようです。理由は、子どもが嫌がる、解剖実習に対する反対運動などです。
2017(平成29)年の小学校学習指導要領には1カ所だけ「解剖」の文字がありましたが、2024年9月時点の指導要領からは文字が消えています。[3] [4]
一方、解剖実習を推進したい人々は、「解剖に関する否定的なエピソードを克服させることが重要である」などと意欲を見せています。[5]
また、透明骨格標本の製作が広まっている可能性があります。見た目は綺麗ですが、殺して死体を損壊していることには変わりありません。
解剖実習は義務付けられてはいない
解剖実習は義務付けられているわけではありません。学校教育法、学校教育法施行規則等に規定はありません。
ですので、解剖実習を行いたい意思を持つ学校や先生に、たまたま当たった子供達が、実習をさせられることになります。
学校の解剖 5つの問題点
1.動物の権利侵害
動物解剖は、教材として動物を利用する過程で、苦痛を伴い、最終的には命を奪う行為です。解剖に用いられる動物は意識を持ち、痛みを感じる能力があるため、倫理的な議論が避けられません。
人間が解剖のために繁殖させられ、解剖のために体を切られて殺されることが非倫理的であること同様に、動物も殺されない権利、利用されない権利を持つべきです。
解剖教育はその権利を侵害していると言えます。解剖のためだけに生まれ育てられる動物たちが存在する現状は、動物たちの尊厳を軽視する行為として問題視されるべきです。
2.子どもへの強制・精神的虐待・人権侵害
解剖実習に対する子どもの感想で「かわいそう」「気持ち悪い」「血を見たら吐いてしまう」などの理由で、解剖をしたくない子どもがいます。
動物の死を目の当たりにしたり、自分の手で切り開く経験は、多くの子どもたちにトラウマや罪悪感を与えることがあります。また、このような教育に対して不快感や恐怖を感じる子どもたちに解剖を強制することは、ストレスを与え、人権侵害であり、精神的虐待です。
3.動物利用を肯定する教育
動物解剖の際に「感謝して学びましょう」などという教育がされています。
しかし、この教育によって育まれる子どもは、本当に動物に感謝する、動物を尊重する人に育つのでしょうか?
そうではなく、動物を利用する行為を無条件に正当化し、「感謝」さえすれば動物を使っても良いというメッセージを植え付けることになるでしょう。
これにより、動物の命を軽視する価値観が無意識のうちに形成される可能性があります。
いわば「動物利用肯定教育」になっているのが実態です。
4.体の構造を学ぶなら解剖はベストではない
動物の体の構造を理解する方法として解剖が用いられることが多いですが、現代の技術と教育の進化を考慮すると、解剖は必ずしも最適な手段とは言えません。デジタルシミュレーションや3Dモデル、拡張現実(AR)を用いた教材は、解剖と同じかそれ以上に正確で詳細な情報を提供できます。これらの技術は、動物を犠牲にすることなく、繰り返し使用することで学習を深めることができ、環境や教育コストの観点でも優れています。
さらに、解剖は一度きりの体験であり、手順を間違えたり、観察に不慣れな場合には学びが十分に得られない可能性があります。一方で、デジタル教材やモデルは繰り返し使えるため、学習効率を高める点でも優れています。このような選択肢が広がる中で、動物の命を犠牲にする解剖が教育の場で行われ続けている現状は非倫理的です。
5.動物虐待と犯罪の関連性
研究によれば、動物虐待と暴力犯罪の間には関連性があるとされています。動物を傷つけることを当然のこととして学ぶ環境は、一部の学生にとって暴力行為に対するハードルを下げる可能性があります。特に、倫理的な教育が欠けた解剖授業は、命の尊さや他者への配慮を軽視する考え方を生む可能性があります。
解剖実習なしで卒業できる獣医学校の増加
一方、米国では獣医学校32校のうち22の学校が、解剖実習をしなくても卒業できます。つまり、価値観による選択の自由が認められています。[8]
学校の解剖に関する大きな変化は、学生自身が起こしました。1987年、米カリフォルニア州、16歳の高校生ジェニファー・グラハム(Jenifer Graham)は、生き物を傷つけたくない、動物の解剖の強制は憲法違反にあたる、という理由でカエルの解剖を拒否し、裁判を起こし、勝訴しました。
ジェニファー・グラハムは、その後Apple ComputerのCMにも起用され話題となりました。
その後、各地で学生に解剖の授業を免除する制度が続きました。[9]
米国は、日本に比べて、動物倫理・権利意識やヴィーガンの数、動物擁護活動の盛んさなどが圧倒的に進んでいます。
日本でもこの流れが進み、動物を使わない教育への移行が期待されます。
代替案
解剖実習に代わる代替案は様々に解決されています。模型、精巧な3Dの模型、動画、CG、コンピュータシミュレーション、仮想解剖学 (virtual dissection)などです。
例えば、デジタル解剖台を活用すれば、バーチャルな解剖を行いながら高度な学習が可能です。
学者や企業が行う動物実験でさえ、代替手法が開発され、移行が進んでいます。
少なくとも、職業として解剖を行うかどうかもわからない学生のために、動物を使う必要はないでしょう。
人間の体を学ぶために人間を殺して解剖しないのと同様に、
動物のことを学ぶために、動物を殺すのはもう時代遅れです。
あなたにできること
- 学校の解剖の授業を拒否する。先生が認めない場合は、親、教育委員会などに相談する。それでも認めない場合は、動物擁護団体に相談する
- 学校の解剖の授業があったら、代替案を紹介し、実行してもらう
- 学校の解剖や動物実験の問題をさらに学ぶ
- 実験される動物に起きている問題について周りに伝え、動物に関心を持つ人、動物を守る人を増やす
- 業界やマスメディアに意見を伝える
- ヴィーガンになる。ヴィーガンになることで、学校の解剖で犠牲になる動物はもちろん、すべての動物を守ることができます。ヴィーガンはたった一人でできる、動物保護、動物権利、動物解放、環境保護活動です。
- 動物解放団体リブを支援し、動物を守る活動を推進する
動物を解放しよう。
《参照》
[1] ラット・マウスを使った解剖と観察についての授業実践. 千葉県学校教育情報ネットワーク. https://www.chiba-c.ed.jp/shidou/k-kenkyu/H20/rika3.pdf, (参照 2024/09/03).
[2] 中高生向けの哺乳動物の解剖. 群馬県立自然史博物館学芸課. 2000. https://www.gmnh.pref.gunma.jp/wp-content/uploads/bulletin04_12.pdf, (参照 2024/09/03).
[3] 小学校学習指導要領(平成 29 年告示)解説 理科編 p86. 文部科学省. 2017/07.
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/03/18/1387017_005_1.pdf, (参照 2024/09/04).
[4] 学習指導要領「生きる力」 第2章 各教科 第4節 理科. 文部科学省. https://mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syo/ri.htm, (参照 2024/09/04).
[5] 宮田斉, 小須田健志, 中村雅彦. 小・中・高校生の「解剖して調べる意欲」の低下原因に関する研究. J-STAGE. 2007. https://jstage.jst.go.jp/article/jcrdajp/30/1/30_KJ00006855522/_article/-char/ja/, (参照 2024/09/03).
[6] 組織図の紹介. 文部科学省. https://www.mext.go.jp/b_menu/soshiki2/04.htm, (参照 2024/09/03).
[7] 重山源隆. 動物解剖実習に関する児童・生徒及び教師の価値意識の実態. 日本教育学会. 1992. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssep/16/0/16_119/_pdf/-char/ja.
[8] Comparison of Alternatives Offered by Veterinary Schools. The Humane Society Veterinary Medical Alliance. https://www.hsvma.org/assets/pdfs/alternativeschart_final_3.pdf, (参照 2024/09/03).
[9] A ‘Frog Advocate’ Leaps to Prominence. Los Angeles Times. 1987/11/09. https://www.latimes.com/archives/la-xpm-1987-11-09-ca-14499-story.html, (参照 2024/09/04).