馬肉は「ヘルシーな食材」として市場で注目される一方で、その背後には知られざる現実が隠されています。日本で流通する馬肉の多くは、競馬で役目を終えた元競走馬や、生体輸入された外国産の馬が命を落とすことで供給されています。
競馬業界での繁殖・廃棄のサイクルや、輸入時の過酷な長距離輸送、さらには屠殺場での処理方法に至るまで、馬肉がどのように生産されているのかを知る人は少ないでしょう。本記事では、競走馬や生体輸入に関わる馬肉生産の実態と、それに伴う倫理的な問題に迫ります。そして、私たちがこの現実とどのように向き合うべきかを考えていきます。
馬について
馬は哺乳類であり、刺激を捉える目や痛覚などの感覚受容器を持ち、それらを伝達し意識を発生させる神経系・脳を持っています。ヒト同様、意識を持ち、痛覚などの感覚を持ち、幸福や苦痛、喜びや悲しみなどの感情を持っています。
馬同士はもちろん、人間を見分けることができ、人間の表情を敏感に読み取ることができます。[1]
人間の表情を読み取る実験の様子
馬のコミュニケーション
馬は高い社会性を持つ動物であり、ボディーランゲージや鳴き声、お互いのグルーミングなどで、豊かなコミュニケーションをしています。馬のボディランゲージを知ると、馬の気持ちが分かるようになります。[2]
例えば、幸せな時は、耳以外の身体中がリラックスしており、片方の後ろ足を少し上げて休んでいます。耳は周囲の情報を集めるために立っています。
怯えた時は、白目が多くなり、耳は後ろに引かれ、体を後傾させ、いつでも逃げられる体制をとっています。
怒っている時は、鼻に皺を寄せ、耳を後ろに引き、歯を剥きます。激しく怒っている時は後ろ足で蹴ってきますので、すぐに離れた方が良いでしょう。
人も馬も基本的に、尊重され優しくされれば、相手のことも尊重し優しくしたくなります。
馬は遊び好き
馬は遊ぶことが好きです。ごろごろ転がったり、追いかけっこをしたり、走ったりジャンプしたりします。また、ボールを転がして遊んだり、ぬいぐるみやおもちゃで遊びます。人とも遊びますし、他の動物とも仲良く遊ぶこともあります。
ボールで遊ぶ馬たち
親子の絆
馬の母子の絆は、とても深いです。自然状態では、10〜13ヶ月で離乳しますが、競馬馬や家畜とされた母子が乳離れまで一緒にいられることはありません。母も子も、人間にとっては商品であり、より多く走られ、より多くの子供を産ませられます。人間の手によって引き離されると、母は必死に子供を探し、仔馬も母を探して鳴きながら走り回ります。
そんな馬たちが人間の都合によって繁殖させられ、苦しめられている現実が存在します。
馬肉の問題
そんな、素晴らしい動物である馬ですが、人間によって大量に繁殖させられ、利用され殺され、食べられています。
馬の利用・搾取の概要
馬が家畜化されたとされる、現在わかっている最初期は、今から5500年前のカザフスタン。搾乳と食肉のためでした。ヒトが馬に乗り始めたのは、今から5000年前の中央アジア、ヤムナ人だと考えられています。馬は走る時に背中が丸まらないので、乗って移動するために利用されてきました。現在、野生の馬は狩猟や家畜化などによって絶滅してしまっています。[3] [4]
馬は殺されて、体のあらゆる部分を利用・搾取されます。筋肉は馬肉として生食されたり加工肉食品として食べられます。脂肪部分は馬油として、人の顔や皮膚などに塗られます。尻尾などは絵筆や楽器に、皮はホースレザーとして服飾品などにされます。
馬肉を食べない文化もあります。英国、アイルランド、アメリカなどでは馬肉食はタブーです。一方、馬肉を食べる文化は、フランス、モンゴル、中国などです。日本は馬肉を食べる文化に属しています。もっとも肉食が禁忌とされていた時代には、日本国内でも食べない文化を持つ地域がありました。明治初期の肉食解禁とともに、日本の動物の殺害や肉食を禁忌とする動物に優しい文化は大きく変節してしまいました。
馬肉はどこから来るのか
馬肉にされる馬は、主に国内競馬で不要となった馬と、海外から輸入される馬です。
競馬
競馬馬のうちレースに勝てない馬は、用済みとなり、馬主から肥育牧場に売られます。肥育牧場は、馬を太らせ、肉や脂肪を増やし、売れる部分を増やします。その後屠殺場へ送られ、屠殺・解体され、馬肉となります。元競馬馬や乗馬馬のうち何頭が食用に回されているか、あるいは、競馬馬のうちどの馬が食用に回されたのかはブラックボックスになっており、知ることすらできないようになっています。
海外からの輸入
海外からの輸入は生きたまま空輸される場合と、すでに殺され馬肉になった状態で輸入される場合があります。
日本が最も多くの生きている馬を輸入しているカナダでは、馬の輸出を防ごうと様々な動物擁護団体が反対運動を行なっています。中でも弁護士の団体であるアニマルジャスティス(Animal Justice)は、日本に最も多くの生きた馬を輸出しているBouvry Exports(ブーブリー・エクスポーツ)社が虐待を行なっているとし、カナダ食品検査庁(CFIA)などに対して訴訟を起こしました。ブーブリー社は日本語のWebサイトも持っています。
AnimalsAngelsUSAなどはブーブリー社の牧場を調査し、足を引きずる馬、広蹄(ひろづめ)、舌回しなどの異常行動、様々な疾病、内臓が出てしまい死亡している仔馬など死体が放置されていることを突き止めました。
このような過酷な環境を生き抜いた馬は、木箱に入れられ生きたまま日本に輸出されます。28時間もの輸送中、水も食べ物も与えられず、精神的に敏感な馬は想像を絶する苦痛を味わいます。中には、大怪我を負ったり、死んでしまうことさえあります。
このような状況を受け、2023年9月19日には、国会議員が生きた馬の輸出を禁止する法案C-355を提出しています。[5]
カナダでは日本への輸入を止めようと必死に頑張っていますが、日本ではこの事実はほとんど知られていません。
馬はどこで殺されているのか
馬は屠殺場で殺されます。屠殺場は様々な名称が付けられており、最近は、食肉センター、食肉流通センター、ミートセンターなど、動物を殺害することを感じさせない名称が多くなっています。屠殺場は、「一般と畜場」と「簡易と畜場」に分けられます(と畜場法 第三条)。「一般と畜場」は、大動物と1日10頭以上の小動物を屠殺する施設。「簡易と畜場」は、それ以外の施設です。月齢1ヶ月以上の馬は大動物、以下は小動物として扱われます。2022(R4)年の大動物を屠殺する一般と畜場の数は167施設です。[6] [7]
殺された馬は、動物園の動物の餌にされることもあります。
あなたにできること
- 馬由来の製品、馬肉や馬油、ホースレザーや筆などを購入しない。馬の製品を購入するということは、馬の搾取に加担しているということです。お金を落とさないことで、徐々に馬由来の生産が減り、馬たちは殺されなくなります。
- 競馬に行かない。競馬に行かなければ、競馬産業は縮小し、馬の生産が減り、殺される馬が減ります。
- 問題をさらに学ぶ。馬をめぐる、競馬(リンク)などの問題、他の動物の問題について学ぶ。
- 馬たちの素晴らしさや、馬たちが置かれている状況を周りに伝える。馬たちの悲惨な状況は隠されています。馬たちの現実を伝え、苦しみの代弁をすることで、馬に共感する人たちを増やしましょう。
- 業界やマスメディアに意見を伝える。自分は馬の利用搾取を支持しないことを伝え、馬の利用搾取を促進する報道に異を唱えましょう。
- 8月29日「馬肉の日」に合わせて、馬を守るための投稿を行うのも良いでしょう。
- ヴィーガンになる。ヴィーガンになることで、馬を搾取しないことはもちろん、他の動物の搾取もしない生き方をすることができます。それは動物たちに、あなたの心身に、社会や環境にポジティブな影響を与えます。
- 団体を支援し、動物を守る活動を推進する。動物擁護活動を行う団体を支援することで、動物擁護の輪を広げましょう。
動物を解放しよう。
《参照》
[1]
Léa Lansade et al. Human Face Recognition in Horses: Data in Favor of a Holistic Process. 2020. frontiers. https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2020.575808/full.
[2]
Understanding your horse’s body language. RSPCA. https://www.rspca.org.uk/adviceandwelfare/pets/horses/behaviour/bodylanguage.
[3]
Mason Inman. 馬の家畜化と搾乳は5500年前から. NATIONAL GEOGRAPHIC. 2009/3/5. https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/987/.
[4]
TOM METCALFE. 北村京子訳. 最も古い乗馬の証拠が見つかる、ヤムナ文化の勢力拡大に貢献か. NATIONAL GEOGRAPHIC. 2023//09. https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/23/030800121/?P=
[5]
Shannon Nickerson. Ban Live Horse Exports by Air for Slaughter. ANIMAL JUSTICE. 2023/9/20. https://animaljustice.ca/blog/bill-ban-live-horse-exports.
[6]
花木工業株式会社. と畜場名簿. https://hanaki-eng.co.jp/wp_hanaki/wp-content/themes/hanaki/pdf/centre_list2022.pdf.
[7]
農林水産物輸出入統計 / 農林水産物品目別実績(輸入). 都道府県別と畜頭数及びと畜場数. 調査年月2022年. 2023/5/31. https://www.e-stat.go.jp/stat-search/file-download?statInfId=000040059994&fileKind=0.
[8]畜産物流通調査 / 確報 令和4年畜産物流通統計. E-STAT. 2023/5/31. https://www.e-stat.go.jp/stat-search/file-download?statInfId=000040060016&fileKind=0.
[9]
農林水産物輸出入統計 / 農林水産物品目別実績(輸入). 表名区分1 馬、牛、豚(各生きているもの). 調査年月2023年. 2024/4/5. https://www.e-stat.go.jp/stat-search/file-download?statInfId=000040172624&fileKind=0.
[10]
農林水産物輸出入統計 / 農林水産物品目別実績(輸入). 表名区分1 馬、牛、豚(各生きているもの). 調査年月2022年. 2023/12/13. https://www.e-stat.go.jp/stat-search/file-download?statInfId=000040047449&fileKind=0.
[11]
農林水産物輸出入統計 / 農林水産物品目別実績(輸入). 表名区分1 馬、牛、豚(各生きているもの). 調査年月2021年. 2022/12/15. https://www.e-stat.go.jp/stat-search/file-download?statInfId=000032192236&fileKind=0.
[12]
農林水産物輸出入統計 / 農林水産物品目別実績(輸入). 表名区分1 馬肉. 調査年月2023年. 2024/04/05. https://www.e-stat.go.jp/stat-search/file-download?statInfId=000040172632&fileKind=0.
[13]
農林水産物輸出入統計 / 農林水産物品目別実績(輸入). 表名区分1 馬肉. 調査年月2022年. 2023/12/13. https://www.e-stat.go.jp/stat-search/file-download?statInfId=000040047457&fileKind=0.
[14]農林水産物輸出入統計 / 農林水産物品目別実績(輸入). 表名区分1 馬肉. 調査年月2021年. 2022/12/15. https://www.e-stat.go.jp/stat-search/file-download?statInfId=000032192244&fileKind=0.